個を大事にしたいなら組織をもっとよく見るべきだ

プログラマとして働きだしてからの僕はTDDだったり、オブジェクト指向だったり、RDBだったり、DDDだったり、いろいろなものに没頭して、いわゆる「プログラマの麻疹」をいろいろ経験してきた。

ただもっと昔にさかのぼると僕は以前から「チームのあり方」に興味があって、それはずっと変わってないと思う。僕は学生の頃にビジネスコンテストを運営する団体のスタッフをやっていたのだけどそのモチベーションも組織に属して何かしらの役割を担うということがどういうことなのかを経験してみたいという思いが強かったし、その後にその団体の先輩たちと一緒に作った会社があるんだけどそれに参画しようと思った理由も掲げてる理念がチームのあり方を説いていたからだ。今の会社に魅力を感じたのだって技術力というよりはどっちかという組織のあり方が素敵だったというのが素直なところである。今もアジャイルだ!リーンだ!と言ってるけどそれも開発手法とかプロジェクトマネジメント手法としてではなく、組織のあり方として優れてると考えているからなんだと思う。

これは逆説的かもしれないんだけど、個を大事にしたいと思うのなら組織をより大事にしたほうがいいし、組織をよく見たほうがいい。

僕はあらゆるプログラマの麻疹にかかったし、そのたびに周りに迷惑をかけてきたのかもしれないけど、その瞬間瞬間では自分のやり方に尋常ならぬこだわりをもってやっていたし、それはきっと今もそうで今が何麻疹なのかわからないけどもしかしたら面倒くさいと思っている人はいるかもしれない。

でもある麻疹が治り別の麻疹にかかると、それは別の麻疹にかかったということ以上に意味があって、何というかひとつ成長したような感覚になる。いろいろなことにこだわりを持っている人の気持ちがわかるようになるし、「僕にもそういう時期がありました。そう思いますよね。」とシンパシーを感じるようになる。これは全然上から目線のつもりでも何でもないんだけど、自分がかつて通った道を別の誰かが通ってるのを見るとやっぱり仲間意識みたいなものは感じるし、手助けしてあげたくもなる。もしそれが一過性の麻疹的症状なのではなくその人が人生をかけて貫きたい主張なのであればそれもよくて、むしろ僕はそれができなかった人間なので逆に尊敬の対象になる。

僕はいつも自分のやり方にこだわりを持ってるし、妥協したくないと思っている。自信があるかどうかと言われればちょっと微妙なんだけど、少なくとも自信を持って主張できるくらいにはなりたいと常に思ってるし、それは妥協するつもりはない。 だからこそ。僕は他の人のこだわりも大事にしてあげたい。自分が通ってきた道なのであれば経験を分かち合いたいし、そうじゃないならむしろ僕が参考にしたい。

問題はこれを受け入れられる器の大きさを組織が持っているかだ。個人のこだわりを大事にしたいというと聞こえはいいけど、これはやりたい放題と紙一重でもある。組織としての目的意識とか哲学とかそういったものがちゃんと共有されているか、その目標や哲学のもとで個人のこだわりや性格の違いは「好き勝手」でなく「多様性」になっているか、その結果組織はちゃんと成長し成熟しているか。

組織と一口で言っても軍隊のように目的が明確で厳しい規則が課されたものもあれば、家族や地域住民のように明確な目的はなくコミュニティとして形成されたものもある。それらを同じように扱うことは当然できない。組織のあり方にも個人のあり方にも絶対的な善悪の軸なんてなくて、結局のところ、個人のあり方と組織のあり方が合っているかどうかというマッチングの問題でしかない。

「末並には特定の価値観を認めてはいけないというメタ価値観があるよね」

昔ある人に言われた言葉なんだけどこれが僕は今でも忘れられなくてかなり影響を受けている。 「多様な価値観を認める」というのもひとつの(メタな)価値観であり、特定の価値観を認めないという人たちと決してわかりあえないし、そうなると多様な価値観を認めると言いながら全然他者のことを認めてないじゃないかという哲学的な問題に帰結する。

メタな価値観に対して価値を見出す価値観があるのだとするとそれはさらにメタレベルが一段上がるし、言うなればそれはメタメタ価値観になる。こういう人ももしかしたらどこかにいるのかもしれない。一方、特定の価値観を排除して目的意識をより明確に共有しやすいように設計された組織のほうが推進力はあるかもしれない。くどいけどこれはいいとか悪いとかという問題ではなくて、それを構成する個人との相性の問題だ。多様性を受け入れる組織があったとしてもそこには多様性を受け入れたいと思う個人しか集まらない。

僕は自分の生き方にこだわりを持っているし、自分の考えに自信を持ちたいし、語弊をおそれずにいえば自分が好きである。だからこそ組織のあり方にすごく興味がある。自分の想いをただわがままに主張する存在ではありたくないし、暴力的な組織の論理を受け入れて自分の想いを内に隠してしまうようなこともしたくない。

僕のあり方と組織のあり方がうまく合うような理想の仲間たちがどこかにいるはずで、僕は今も昔も、もちろんこれからもそれを探し続けていくんだと思う。


このエントリは アジャイルCasual Advent Calendar 2014 の 10 日目のエントリです。 前日は Outstrp さんの「アジャイルとはなんぞや」でした。

「速く回す人」と「少なく回す人」』に続いて 2 回目の寄稿になりますが、先日以下のようなツイートもした通り、最近いろいろ思うところもあるのでこれまでの人生を振り返ってみてポエムを書いてみました。

次は ryurock さんです。よろしくお願いします。